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【STの現場から】From the Work Scene

【言語聴覚士:佐藤 慶子先生】(子供の頃の夢は?)(子供がいるの大変?)

働きながら結婚、出産も経験。4年制大学を卒業後すぐ入学し、言語聴覚士に。

プロフィール

佐藤慶子さん (大阪府高槻市 新生病院リハビリテーション科勤務)
大学卒業後、言語聴覚士を目指して入学。2児の母。子どもの成長に応じて常勤からパート勤務、時短勤務と職場と勤務時間を変えながら着実にキャリアを積んでいる。

photo:佐藤 慶子先生

今日は、“う”が多い文章を練習しますね。

200床以上ある一般病院のリハビリテーション科の一室で、佐藤さんと患者さんの訓練が始まりました。今日の訓練はおよそ20分。まずは、首の体操でリラックスしてから、カードを使った構音訓練に移ります。カードに描かれた道具や動物などを見て、患者さんがその名前を声にだすと「いいですね」「(発音が)きれいですよ」と佐藤さんの合いの手が何度も入ります。その合いの手が患者さんに自信を与えていきます。
手持ちのカードが一通り終わると、今度は少し長い文章を見せ読み上げる訓練です。“う”が多い文、“あ”が多い文というように、患者さんの症状や回復の段階に応じて、提示するカードを調整していきます。

「訓練を主導するのは私です。だけど、患者さんには“訓練させられている”という気持ちが生まれないように気をつけています。患者さんが自分のペースで、回復に向けて進んでいるんだと思えるように心掛けています。日によって患者さんの体の調子も、心の落ち着きも変わりますから、それを読み取って合わせていくことが大切なんです。」

佐藤さん自身の声の高さや、大きさ、話す間合いも患者さんに合わせて変わっていきます。強く意識してやっているわけではないと佐藤さんは言いますが、患者さんとの向き合い方は、それほど自然なこととして身に付いています。

photo:佐藤 慶子先生

photo:佐藤 慶子先生オーラルエクササイズで口の筋肉をほぐす。

絵が描かれたカードを使い、発語訓練を行う。

きっかけはアメリカ留学での、もどかしさ。

photo:佐藤 慶子先生

『外国人に日本語を教える教師になる』それが佐藤さんの最初の目標でした。大学は国際文化学科。養成課程で勉強し、アメリカのウィスコンシン州に半年間の語学留学もしました。その留学がひとつの転機になったそうです。

「言いたいことを英語で言い表せないもどかしさや、コミュニケーションがとれたときの喜びと安心感が忘れられませんでした。同じような境遇にある人の役に立ちたいと思って、さらにコミュニケーションについて学ぶうちに、先天的・後天的な障がいで言いたいことが言えない人がいることを初めて知ったんです。
大学の先生から、その障がいのリハビリをサポートする言語聴覚士という仕事があることを教わりました。詳しく調べると私のやりたいことは、日本語教師よりも、むしろ言語聴覚士の仕事のほうが近いとわかり、資格がとれる学校を受験したんです。」

それから今年でキャリアは10年以上。結婚と出産を経験しながら、言語聴覚士としてリハビリの現場で活躍しています。

育児短時間勤務で、子育てと仕事を両立。

佐藤さんは二児の母です。子育てをしながらの仕事は実際どのようなものなのでしょうか?

「現在勤務している病院では育児短時間勤務の制度を利用して、通常より30分遅く出勤。30分早く帰宅して、保育園の送り迎えをしています。1時間の時短を分割して利用しています。病院から保育園までは車で30分ほどかかるので助かる制度ですね。家に仕事を持ち帰ることもないのでプライベートとの切り替えは上手くできているかなと思っています。以前に家庭の事情や自分の体調の都合で勤めていた病院を退職せざるを得ないこともありましたが、言語聴覚士の仕事は、そういった場合でも自分のライフステージにあった勤務先が見つかり、ブランクなくキャリアを積むことができました。」

ただ、新しい症例やリハビリの方法は常に勉強が欠かせない仕事のため、もう少しだけ勉強に集中できる時間も欲しいのが本音だそうです。独身時代は毎年、自分で勉強するテーマを一つ決めて勉強していたので、子どもが大きくなって落ち着いたら勉強を再開したいと思っています。

photo:佐藤 慶子先生

脳梗塞の患者さんが書いてくれた、短編小説。

photo:佐藤 慶子先生

photo:佐藤 慶子先生

中堅どころといえるキャリアにさしかかった佐藤さんですが、これまでの患者さんのなかでもとりわけ忘れられない出来事がありました。患者さんは文章を書くのがとても好きな方でした。ところが脳梗塞で右手が不自由になり、左手で文字を書く訓練をしていた最中に再度脳梗塞になり、左手にも麻痺がでてしまいました。

「私がリハビリ担当になったときには、すっかり書くことをやめていらっしゃって、とても落ち込んだ様子でしたね。言葉も少し不自由になっていたので発音の訓練から始めてフリートークの会話訓練まで3ヶ月毎日訓練しました。後半の会話は患者さんのこれまでの人生を一緒に振り返るような内容でした。私はその話の聞き手に努めました。すると退院が近づく頃に“あなたと出会ってまた文章を書く意欲がわきました”とおっしゃって、私を主人公にした短編小説を書いてくださったんです。こんな嬉しいことがあるんだなあ、言語聴覚士になって本当によかったと改めて思いました。」

原稿用紙20枚ほどの小説のタイトルは、「けいこの腕まくり」。佐藤さんと同じ名前の女性が活躍する物語でした。麻痺した左手で時間をかけて書いた物語です。

「言語聴覚士はドクターとナースと患者さんをつなぐ役割もあります。特に訓練室では二人だけの関係のなかでお話をしますから、ドクターに直接は言いにくいことも私になら言えるような信頼関係で寄り添っていたいと思っています。世間話のようなことでも、怒っているような言葉遣いでも、不自由になっている言葉を使って必死で何かを伝えようとされていますから、その背景にある理由をしっかり読み取ることが大事です。伝えたいという意思は、リハビリのモチベーションにつながりますし、私との信頼関係が入院している病院への信頼にもなるんです。」

食べる生きがいを、取り戻すために。

photo:佐藤 慶子先生

photo:佐藤 慶子先生

一方でリハビリをしているとつらいこともあります。たとえば高齢者に増えている嚥下障がいという食べ物を飲み込むことができなくなる障がいがあります。訓練は誤嚥による肺炎を防ぐとともに、ある程度まで回復することも多いので希望のあるリハビリですが、ときには病状が末期の患者さんもいます。せっかく回復しても、体の負担を考えると食べたいものを食べさせてあげられないというケースもあるのです。

「これほどつらいことはありません。食べることは、人間の生きがい。よろこびです。食べたいと言いながら願いが叶わず亡くなる方もおられます。私がリハビリすることで、ほんの少しでも口にできて喜んでいただけたらと思いながらリハビリを続けています。もちろん回復して美味しそうに食事される方も大勢おられるので、やりがいもあるし、その笑顔に支えられてもいます。食べることも、話すことも患者さんの人生に伴走すること。言語聴覚士の仕事はそういう仕事なんだと思いますね。」

言語聴覚士は、生涯勉強しながら経験を磨く仕事だと言う佐藤さん。臨床の現場で患者さん一人ひとりに寄り添っていく決意は揺るぎません。

「言葉を回復することは、自分の気持ちを相手に伝わるかたちで整理できる思考の道具として回復させること。」佐藤さんの存在が患者さんをコミュニケーションの孤独から解放しています。

photo:佐藤 慶子先生

『ある日の仕事の流れ』佐藤 慶子先生

午前

  • ・育児短時間勤務を利用して次男を保育園に送る。
  • ・9:15に出勤してカンファレンスのチェックをしてから午前中の訓練へ。
  • ・訓練室の言語訓練を2名。ベッドサイドでの嚥下訓練を2名。 その都度カルテに記載。

午後

  • ・患者さんの昼食時間に病棟を巡回。
  • ・食事場面をチェック、昼食を使った嚥下訓練。
  • ・その後、お昼休憩をとりながら同僚と患者さんの様子や、今困っていることの相談など。
  • ・午後の訓練を4名。1日の保険点数の集計や報告書を作成。
  • ・16:45に退出。子どもを保育園と小学校の学童保育に迎えに行き帰宅。

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